12. 風の谷のいちご(1)

風の谷

こんにちは。
坂井です。

2020年3月にASTROBERRYは会社を登記しました。
会社名は2019年11月くらいには決まっていたと思います。

ちょうどその頃、安宅和人さんの著書「シン・ニホン」が発刊されて読みました。
当時はNewsPicksの落合陽一さんの番組(Weekly Ochiai Season3くらい)を好んで見ていてそこに安宅さんも出演していて発刊を知ったような記憶があります。
2020年4月に新型コロナの緊急事態宣言が発令されてから落合陽一さんの番組はだいぶ様変わりして、その辺りから番組もNewsPicksも見なくなりましたが、佐々木紀彦さんのPIVOTという番組で久しぶりに安宅さんの話を聞いて、令和5年でもアンビバレントさ健在な安宅さんに笑顔をもらいました。

風の谷のいちごの「風の谷」は安宅さんのアイデアにあやかったものです。(安宅さんはナウシカから取っていると思います)

科学技術や経済のど真ん中にいるような人が、どうして地方の限界集落に着目し、可能性を拓こうという考えになるのか、その真意は分かりませんが安宅さん自身は漁村の出身だというので原体験に基づく選択もあるのかもしれません。

安宅さんの風の谷プロジェクトについては「シン・ニホン」で触れている以上のことは知りません。「シン・ニホン」にも具体的なことは書かれていませんが、疎である場所にテクノロジーも持ち込みつつ、社会を作ろうということです。

安宅さんいわく、今最重要の課題は「地球との共存」と「人口減少局面のしのぎ方」とのこと。

人口減少局面のしのぎ方


人口減少。農業で考えてみます。
5年ごとに統計調査される農業センサスによると農業経営体数は以下のように推移しています。
農業経営体数
2010年:167万9千
2015年:137万7千
2020年:107万6千
2020年は2010年の64%にまで減少しました。

対して耕作面積
2012年:4549ha
2020年:4372ha
なので2020年は2012年の96%です。

農業総産出額
2010年:8.1兆円(うち畜産2.6兆円)
2015年:8.8兆円(うち畜産3.1兆円)
2020年:8.9兆円(うち畜産3.2兆円)
と増加しているものの、増加を牽引しているのは畜産の影響が大。
野菜の総産出額だけで見れば
2010年:2.2兆円
2015年:2.4兆円
2020年:2.3兆円
2021年:2.1兆円
と全く増えていません。
(農水省:令和3年農業総産出額及び生産所得より)
※同じ農水省の統計ではあるが、「農業総産出額及び生産所得」と「農業経営統計調査」の生産所得率に10%以上の差があるのは何故なのか疑問。

1経営体あたりの産出額
2010年:482万円
2020年:827万円
2020年は2010年の171%です。(これも畜産の影響が大きいのかも知れません。)

全体で見ると、個別経営の経営体数は徐々に減っているものの、売り上げは年々上昇して推移。
組織経営体の売り上げは微減で推移しているものの、組織経営体数は徐々に増加。
全体として経営体数は減少。1経営体の売り上げは増加。

統計の数字では大まかな傾向はわかりますが、実際の現場ではどうでしょう。

まず人がいない。人がいない分、経営が集約されて1経営体の耕作面積が増える。耕作面積が増えるが人はさらに減る。
人口減少局面です。
農業者数はどう推移しているか。
2010年:205万4千
2020年:136万3千
(農業センサス:基幹的農業従事者数より)
2020年は2010年の66%なので、経営体数とほぼ同じ割合で減少しています。(ちなみに、2020年の生産年齢人口は2010年比で92.6%なので国全体の人口減少の割合に比べて農業人材の減少がかなり速いことがわかります。)

経営体数に対する基幹的農業従事者数
2010年:1.22人
2020年:1.26人
ほぼ変わらず。
ということは経営体が集約されたといっても、組織が大きくなっているわけでは無く、ひとり当たりの耕作面積を増やしてカバーしているということです。

2020年以降は経営体、農業従事者ともに毎年6%程度減少していきます。
毎年6%生産性を高めれば現状維持が可能とも言えますが、農業資材は毎年10%かそれ以上のペースで値上がりしています。長野県の最低賃金は2023年に4.5%上がります。
生産コストが上がり続けるなかで、農産物の生産効率はどのように上げたら良いのでしょうか。


値上げは必須です。 
少なくとも毎年5〜6%程度は上げていかないと生産コスト上昇すら吸収できなさそうです。

省力化はどうしたら良いでしょうか。
前のブログに書いたArduinoなどは十分可能性がありますが、毎年6%の生産性向上が達成できるかは不明です。

2024年問題を突き付けられている流通についてもテコ入れの余地がまだありそうです。
他業者さんとの連携による流通の共同化などもありそうです。
ドローンや自動運転の導入は現実にあり得るのでしょうか。そういうことも他人事では無くなってきます。
何しろ毎年6%向上ですから。

生産量を毎年6%上げ続けるのは至難の技です。
より精密な生育管理をすれば可能ではありますが、そのためにはそれなりの投資が必要です。ただでさえコスト高のなか、どこまで投資ができるか。

目指す姿である風の谷という名前は爽やかですが、過疎化が進む農村・農業が突き付けられている課題はかなり重厚です。

人口減少局面のしのぎ方について現在の延長線上には明かりは見えてきません。

結局のところ風の谷のいちご(大鹿村での農業)は、これまでの延長線上には描けないと考えた方が良さそうです。


いざ、空へ

風の谷のいちごのデザインには鹿を描いていますが、その鹿は翼を持っています。
翼を広げて空を駆ける姿です。
これまでの地平から、違う次元に飛び立つ姿を表現しています。

大鹿村は昭和36年に大きな災害に遭っています。
梅雨前線の停滞による豪雨が、飯田下伊那地域全域に甚大な被害を及ぼした三六災害です。
大鹿村では北川集落が流され、その後大西山が崩落し、大西集落が埋まるという悲惨な災害でした。
弊社の農場はその大西山の対岸に位置しています。
岩肌が露出する大西山の威容は、崩落があったことを風化させません。
復興の途も、自然の力も、忘れさせないかのように猛々しくそびえています。

坂井にとって、自然災害とそこからの復興は大きなテーマのひとつです。
20代の頃、幾度も自然災害の被災地に足を運び、汗を流し、復興の道程を見てきたのですが、それが自らの礎を成しています。

被災直後の被災地には救いのない状況だけが横たわっています。
絶望とはこういう時に浮かぶ言葉かと力を無くします。
にも関わらず、そのうちにどこからともなく人は集まります。
絶望を抱えながらも集まり、話し合い、目の前に横たわる状況の、薄皮を剥いでいくように皆で地道に動き続けるのです。
それぞれ誰に教わるでもなく自然に。
誰が何をしているのか、全体像は分かりません。
しかし、都度話し合いを重ねながら、それぞれが目の前のことに打ち込み、それらが連なっていきます。
それぞれが今いる場所で何をすべきかは、常に明白です。
不思議とみんながわかっている。

レヴィ=ストロースという人は構造が思考を作るということを言いましたが(坂井はレヴィ=ストロースが大好きです)、被災地という構造が、そこにいる人々の思考を変えることは間違いありません。
これはそれまでの延長線上にあるものではなく、新たな構造の中で新しく出現するものです。

今の課題である人口減少局面も、被災地と通じるものがあります。
これまでの延長にあるものではなく、新しい、未知なる構造です。
災害と違い緩やかに変容するため、時間がかかりますが、いずれ全く違う状況に変わったことに気がつくはずです。

風の谷のいちごのデザインに描かれた鹿が、地(これまで)を離れ、違う次元に飛び立つというのはこういうことなのだと思います。
その時、どう変化していくのか、それはまだわかりません。
けれど、被災地での経験がそうだったように、社会構造だけでなく人の内面にも変化がもたらされ、絶望の薄皮をちゃんと剥がしていくのだろうと思っています。

農業分野(あるいは中山間地域もそうかも知れません)は、人口減少速度が社会全体に比べて4〜5倍早いので、それだけ早く構造変化が訪れるということです。

ブリコラージュ(この概念も大好きです)する人たちが多くいる大鹿村のような場所から、生き方、働き方、社会のあり方などを新たな構造のもと再構築する潮流というのは、移行期を過ぎ、構造が変化した後に、案外生まれてくるかも知れません。

安宅さんのいう風の谷というのは構造変化を乗り切るあり方ではなく、構造変化後に出現するあり方なのではないか。

風の谷のいちごは、その時にそこにある「今」なのだという、そういう姿を描いたものです。

(レヴィ=ストロース、ブリコラージュについて考えていたら、そこからの繋がりで『シュヴァルの理想宮』という映画を観ました。めっちゃ面白いです。)


(2)に続きます。

Sampai jumpa lagi.(それではまた。)


坂井