9. 行政と農協の協力 栃木県のいちごの取り組みから

こんにちは。

前回の更新(3/23)からかなり時間が空いてしまいました。

3月後半にインドネシアまでいちごの視察に出かけ、その後はインドネシアで現地の苗を使ってのいちご栽培にも挑戦。肥料はインドネシアで手に入る原料から調合し、日本で行っているのに近い配合で施肥を行い、収穫するまでに至りました。
その後、夏いちごの出荷が始まったり、子どもが生まれたり、と色々な出来事があり、気がついたらこちらのブログは更新できずでした。
今回はある論文を読んでの感想です。

論文はこちら。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/66142/1/2_02.pdf
栃木県のいちご生産についての一考察(和田昌之)

2005年に書かれているため18年ほど前のものです。
国内の農産物の価格が低迷し、離農する例もある中でいちご生産は生産量、販売額ともに増加を続け、とりわけ栃木県が長年トップである理由はどこにあるのかについて考察しています。


JAと県の役割分担

この論文の中で坂井が最も考えさせられたのは、第3章、第4節の(1)「JAと県の役割分担」です。
JAと県の役割について第4章、第5章に詳しく書かれています。
この役割分担はJAと県(あるいは行政)が長年協力を続け、かつ成果を上げているという事例です。
2014年に政府の規制改革会議から農協改革が求められ、その後農協の在り方について検討、農協法改正(農業協同組合法等の一部を改正する等の法律)が進められたため、現在、同じような取り組みができるかと言えば非常に難しいとは思います。
この栃木県での取り組みは県の農協(全農)と栃木県の協力という県単位での取り組みですが、農協法改正により全農(都道府県単位の農協組織)と単協(地域単位の農協組織)の関係を見直し、単協が全農に依存あるいは束縛されない形にして単協ごとに自立した運営を目指すような方向性が求められています。
※2000年に進められた地方自治法の方向性と同じ向きに進んでいると考えて良いかと思います。(地方自治法では地方議会に条例交付の権限が与えられ、地方で独自に政策を進められる形ができました。それまでの地方議会はチェック機関としての機能しか持っておらず、国の下請け的な役割でした。)
その為、全農がリーダーシップをとって産地化を進めるというのは現在は難しいとは思います。
また、行政側でも変化があり、例えば農業委員会法が改正(平成28年)されて農業委員会の役割を大きくしていこうという動きがあります。農業委員会は各自治体に設けられている機関で、農業委員会の運営は各自治体ごとに進めていますので地方自治的進め方です。
国としては国が方向性を決めたものを地方が実行する形から、地方がそれぞれ取り組める形を国が整備するという方向に舵取りを変えていっていると思われます。
ですから全農と県での取り組みという形は現状には合わないと思いますが、行政と農協との協力を地方自治体と単協との協力と捉え直し現状に即した形ではどうなるのかと考えてみました。



農業委員会(行政)の役割

農業委員会は農業政策を進める上で、なくてはならない存在です。
例えば地域の農地がどうなっているかの調査は農業委員会の役割です。
農業委員会法改正により農業委員の他に農地利用推進委員が新設され、農業委員・推進委員により地域農業の推進を支えるのが今の農業委員会です。

国はそこに予算も結構つけています。
例えば、農業委員や推進委員の報酬は各自治体が定めることになっていますが、その財源として使える交付金(農地中間管理機構による農地集積・集約化と農業委員会による農地利用の最適化、等)があります。

農業委員会運営の費用に充てられるもので、最も適切な使い方の一つとして農業委員や推進委員の報酬財源が考えられます。
委員の活動はかなり時間を使わないとできない為、報酬が見合わなければ委員の成り手は集まらず、委員会が機能しなくなれば、委員会機能を前提に進められている農業政策全体が不安定なものになってしまいますから委員の報酬を活動に見合った水準にすることは非常に重要だと思います。
が、実際に各自治体が設定している委員の報酬額は活動に見合った額とは程遠いのが現状です。
上記の国の財源を使うには各自治体が委員報酬の上乗せ条例を定める事が条件になっていますが、上乗せ条例を定めていない自治体も多いですし、定めていても非常に少ない額で設定しているところがほとんどです。
※農業委員の活動量はその自治体の農地面積に概ね比例します。農地面積を農業委員・推進委員の人数で割れば1人あたりが受け持つ面積が算出されます。
その農地面積をパトロール(年に1度が義務付けられている)することも委員の役割ですが、それに要する時間やコストはおおよその試算ができます。
自治体にもよりますが、農地面積がある程度ある地域であれば、週に1〜2日はパトロールに充てないと割り当てられた農地全体を年間で見回る事ができない程度になります。そうするとそれに見合った報酬というのも大体は設定できます。

農林水産省のホームページから「レビュー」で検索すると予算の執行額などが調べられます。
農業委員会の交付金であれば新潟市などが結構しっかり予算を使っています。
全国の農業委員会が設置されている自治体が予算を申請しても行き渡る程度の予算額が設定されている為、各自治体が委員報酬の上乗せ条例を活動に見合った報酬額になるように設定し、報酬予算を確保する事は農政運営を滞りなく進める上で、最も有効な手段の一つではないかと坂井は考えています。

単協と各地自体の協力というのは農業委員会が十分に機能する状態である事が大前提です。委員報酬の確保はその為の基礎固めです。

 

単協の役割

単協の役割のうち、農産物の販売をどうするかについて単協独自にできることを想像してみます。(栃木県の取り組みは全農は販売とPRを担っています)
首都圏などに向けての系統出荷(単協⇄全農⇄公設市場)については今後も全農が窓口となるでしょうから、地域密着型の販売について考えてみます。
これは単協だからこそできそうであるという点と、SDGsの観点や2024年問題を迎えるにあたり流通エリアをコンパクトにした販売網を検討する事が不可欠になるであろうことの両面から、今後検討に値するのではないでしょうか。

まず、単協は地域内に予冷庫を備えた集出荷拠点が複数あります。
生産者は最寄りの拠点に生産物を持ち込み、単協全体で地域内の生産物を地域内で流通させる為に集出荷拠点を使えば、地域内流通体制は整います。

地域の生鮮食料品店に単協が営業をし、求められている農産物、不足している農産物などを把握できればどうでしょうか。あらかじめ食料品店と数量や価格交渉も行いながら、地域で生産できるものについての過不足を把握します。
この状況を農業委員会、生産者と共有します。
生産調整について単協、農業委員会、生産者と協力し、地域内でのニーズを満たすためにできることを検討します。
食料品店もそれを踏まえて仕入れも工夫します。安いからという理由で遠方から仕入れをすることは極力避け、SDGs、2024年問題の視点も取り入れながら地域内での調達に切り替えていきます。
それらの販売調整は単協、生産調整は農業委員会という風に役割を持ちます。
行政としては地域内食料自給率の向上が図れるとなれば政策としても支援しやすくなります。
また、地域内で生産が難しいものについては他地域と協力し、それぞれ補完する様な地域協定を形成できるかもしれません。これも単協の役割となります。
例えば松本市で生産できない冬の時期に同じくらいの農地や人口規模を保有する浜松市は生産が盛んです。逆もしかりで浜松は夏は生産量が減る野菜を松本では作れたりします。
この2箇所で生産や販売について協力することで全てを地域内で賄えなかったとしても例えば
・夏は松本が松本と浜松の両方の野菜を供給する(夏季の食料自給率200%)
・冬は浜松が浜松と松本の両方の野菜を供給する(冬季の食料自給率200%)
となれば、両地域を合わせて食料自給率100%を達成することになります。
国全体の食料自給率を考える前に、地域内での食料自給率向上を達成し、その積み重ねで国全体の自給率を底上げするのは現実的な順番ではないでしょうか。

 

それでも食料自給率100%は達成できないはず

想像にさらに想像を重ねてみます。
もし現在の遊休農地の利用が促進され国内で消費される食料を全て生産できたと過程した場合、どうなるでしょうか。

おそらく現状でさえ農業を支えている多くの労働力は技能実習生・特定技能をはじめとする外国からの人材ですから、今の2倍以上の生産量を実現しようと思った場合、外国からの労働力の助けはより一層必要になります。

畜産飼料の外国産割合を畜産の自給率に反映させるかどうか、という考え方がありますが(同じことは農産物の肥料にも当てはまるはずですがそれについてはあまり指摘されません)、労働力が国内でまかなえるかどうかについてはどう考えたら良いでしょうか。
おそらく肥料にせよ、飼料にせよ、電気や石油などのエネルギーにせよ、労働力にせよ、国内で賄うということは出来ません。
もし、国内(地域内)での生産量を増やそうと思えば、その全てを地域内で賄うよりも、何を地域外からの助けに頼り、何を地域で担うかという役割について認識し、地域内外で助け合って生産するのが実情に合った姿ではないでしょうか。

そもそも農業生産に必要な基本要素の水にせよ、空気にせよ、光にせよ、地域の外から巡ってくるエネルギーですから、私たち農業生産者が、生産原料の由来が地域の中か外かという区別を持つことはありません。

そういう意味では食料自給率という見方は農業の本質にはそぐわない考え方ではあると思います。食料は地球全体(を超えて太陽などの天体の力も含む)のエネルギーが掛け合わさって作り出されているものです。

食料自給率というのは働き方や資源の使い方に配慮した場合に、有効な見方なのかなと思ったりしました。

 

色々と考えを巡らせる機会となった栃木県の取り組みについての論文は非常に勉強になりました。

 

次回は、いちご施設の環境制御自動化をArduinoを用いて自作していることについて書いてみようと思います。

 

 

坂井